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しましま体験談

28の離島へき地を経験した薬剤師みかんさん「離島から東京に通院している患者さんの話を聞いて、心が動かされました」

28の離島へき地を経験した薬剤師、みかんさんに取材を行いました。

みかんさんは、尋常でないほど転職を繰り返されており、かつ転職先が離島へき地ばかりという、とても珍しい方です。なんと新卒で最初の就職先は東京都内の総合病院でした。その後の経歴は下記の通りです。

01:石垣島 病院 1年
02:小豆島 調剤薬局 1年
03:利尻島 病院 半年
04:宇久島 病院 半年
05:小笠原諸島 病院 8ヶ月
06:奄美大島 病院 半年
07:北海道黒松内町 病院 1年
08:北海道浜中町 調剤薬局 半年
09:山梨県身延町 病院 半年
10:群馬県長野原町 調剤薬局 8ヶ月
11:奄美大島瀬戸内町 調剤薬局 半年
12:北海道八雲町 病院 半年
13:北海道枝幸町 病院 1年
14:八丈島 病院 半年
15:直島 調剤薬局 半年
16:島根県川本町 調剤薬局 半年
17:宮崎県川南町 病院 半年
18:奥尻島 病院 1年
19:北海道蘭越町 病院 半年
20:隠岐の島 病院 半年
21:北海道羽幌町 病院 1年
22:三宅島 病院 半年
23:佐渡島 病院 5ヶ月
24:北海道芽室町 病院 半年
25:北海道江差町 病院 半年
26:島根県飯南町 病院 半年
27:熊本県山都町 病院 1年
28:兵庫県多可町 病院 半年

なぜ離島へき地で働くことを決めたのか? なぜこんなにも離島へき地を転々しているのか? そのあたりを詳しく聞いてみました。

プロフィール

みかんさん

離島へき地を尋常でないほど転々としている、40代後半の女性薬剤師。旦那さんと10歳になる双子のお子さんとは離れて暮らしていますが、休みを取って定期的に帰っているそうです。

なんで離島へき地で働いてるんですか?

――まず、尋常でないほど転職を繰り返されており、かつ転職先が離島や僻地ばかりですが、なぜこのようなことをされているのでしょうか?最初に就職された病院で何かあったのでしょうか?

友人や家族からは、「転職多すぎだね」「履歴書で経歴を書く時大変そう」と言われますが、たしかに尋常ではないほど転職していますよね。自分の経歴を見て、改めて感じております。

新卒後、最初に就職した病院は東京都内の総合病院でした。とても有名な病院で患者数も多かったです。

スタッフで勉強会を開いたり、セミナーに参加したり、患者さんの病気がよくなるようにスタッフ皆で一丸となり医療に取り組んできました。私も、患者さんの病気がよくなるお手伝いをできればと思い、新卒で何もわからない状態でしたが、先輩たちと一緒に一生懸命働いてきました。薬剤師のみならず医師、看護師、介護士、ソーシャルワーカー、事務員など様々なスタッフの方々と積極的に話すようにし、患者さんの病気についての情報を得たり、患者さんのことを考えたりしてきました。

ずっとこの病院で勤務していく予定でしたが、ある日、とある患者さんとの出会いが、離島や僻地で勤務するきっかけとなりました。

その患者さんは、佐渡島で夫婦で暮らしている方でした。病気で体が不自由(具体的には、手足が少し不自由で歩いたり物を掴んだりできるが時間がかかる)で、月1で佐渡島から東京都内の病院に通っていました。

「離島では医療がとても不便で、満足な治療も受けられず、医師も薬剤師も看護師も来ない。だから金銭的に厳しくてもこの病院に通っている」と、患者さんは自分の住む離島の写真を見せながら話してくれました。

佐渡島から近い新潟県の病院ではなく、都内の病院に通院していたのは、本当に病気を治したいと思っていて、都内の病院の方が高度な医療を受けられるからという理由でした。なので、そのために交通費や時間をかけ、体力を消費してまでも都内の病院へ通っていました。

東京から佐渡島へは、車で4〜5時間かけ新潟港まで走り、船に2時間半ほど乗って、やっと島に着きます。病院の日は、前日、当日に都内に泊まり、次の日に帰宅されているようでした。なので2泊3日で病院に通っていました。東京は人も多くてとても疲れると言っていました。

2泊3日で通院するといった状況が私には全く想像できず、もし自分が同じ立場でもとても疲れてしまうし、それがご老人とすればもっと疲れてしまう、命がけだと思いました。

自分は今まで、こんなに苦労をして通院している患者さんがいるなんて考えたことがありませんでした。離島に住んでわざわざ遠く都内の病院に通っている人がいるなんて想像できませんでした。

患者さんが見せてくれた写真の離島の海はとてもキレイで、島民も優しい笑顔で心を奪われました。そして「離島や僻地で働いてみたい」という気持ちが強くなりました。

佐渡島の素浜海水浴場

佐渡島の素浜海水浴場。一般社団法人佐渡観光交流機構様「さど観光ナビ」より引用

そして帰宅後、両親や兄に相談をしました。家族には反対されず逆に背中を押してくれました。退職をし、まずは島で働きたいと思っていたので離島で働く決意をしました。

翌日、退職のことを職場に伝えると驚き引き止められましたが、結果的に応援してくれました。都内の病院で働いていた頃のスタッフとは今でも仲が良く、LINEをしたり連絡を取り合ったりしています。

離島へき地に転職するの、不安じゃありませんでしたか?

――離島や僻地に行かれるようになる前、不安だったことや、懸念されていたことはありませんでしたか。

お恥ずかしい話ですが、私は虫がとても嫌いです。離島や僻地といえば自然が多く、虫も多いといったイメージなので、とにかく虫が怖かったです。都内の病院で勤務をしていた頃も、ゴキブリや他の虫が出ると、「ギャーギャー」騒いでいました。虫は自分では駆除ができないので、近くに住んでいる仲の良い友人に助けを求めていました。駆除をしてもらうまで落ち着かず、家の中でずっと警戒していました。

また、台風も怖いです。場所にもよるとは思いますが、離島や僻地は台風がモロに直撃して停電などが起きるといったイメージでした。凄まじい風や雨の音も、台風が来る前のあの「嵐の前の静けさ」みたいな雰囲気も怖く、生活できるのか心配でした。

――「それにしても思い切った選択をされたなあ」と率直に感じます。特に、新卒の就職先は薬剤師の花形ともいえる東京の大病院ですし、そちらでの勤務も特に不満があるわけではなかったとお見受けします。さらに、虫がお嫌いで台風も怖いというのもおありの中、病院でのキャリア形成という道を捨ててまで離島に行こうとお考えになったのは何故なのでしょうか。

私は薬科大学に通学していた頃から「新卒で勤務するところは定年まで働き、将来は幹部を狙っていきたい」と思っていました。その理由は単純で、給与が高いからです。

新卒で勤務した病院は、人間関係や待遇の面などで全く不満はありませんでした。スポーツが好きで体力には自信がある方なので、ハードスケジュールでも体調やメンタルを壊さずやっていけていました。先輩の薬剤師や他のスタッフの方々から「新卒なのに勉強にも励んで人間関係も良好で、将来は絶対幹部になってそう」と言われるほどでした。

何故、この道を捨ててまで離島へ行こうと思ったのか。それは、自分自身のポリシーがあったからです。

私は以前から、「人生一度きり。後悔なく自分の気持ちに素直に生きていこう」と考えていました。その気持ちは今も変わりません。そして、離島から来ている患者さんから、離島の景色や島民の笑顔の写真を見背てもらって、本当に心が奪われました。この感動は今まで味わったことのない感動でした。なので、絶対に離島へ行こうと思いました。

気持ちに迷いも葛藤もありませんでした。強いて言えば、懸念していたことは、先ほども話した「虫が嫌い」「台風が怖い」といったところでしょうか。自分には勉強をして手に入れた知識も、人との関係の作り方もあったので、絶対に上手くいくという自信がありました。

――大変失礼なのですが、ご結婚はされていらっしゃいますでしょうか。これだけあちこち転々とされていると、ご家庭を持つのは難しいのでは、仮にお持ちでも成り立たせるのがかなり大変なのではと想像したことから伺っております。

意外と思われそうですが、結婚しています。旦那と、10歳になる双子の子どもがいます。

自宅には休みを取って定期的に帰っていますよ。自宅の近くに私の実家があるので、子どもは私の両親がみてくれています。家族とは毎日LINEなどで連絡を取っていて、家族は私の離島や僻地で起きた話を聞くのが楽しみなようです。私も旦那と子どもと話すのがとても楽しいです。

旦那は私の性格や考えを理解してくれてますし、私も旦那の性格や考えを理解しているつもりです。子どもも自慢の家族と言ってくれています。家族はいつも応援をしてくれていますよ。

――都度、人間関係を作り直すのが大変なのではと想像いたします。また、せっかく関係ができてもすぐ辞めてしまって、その後疎遠になってしまうのではと想像しますが、そのあたりいかがでしたでしょうか。

私は人と話すのが好きなので、人間関係を作り直すのは大変ではありませんでした。ただ、ずっとその地に定着するということはせず、気になる場所があればどんどん転職を重ねてきたので、良い関係ができても疎遠になることはありました。

ですが私はドライな性格なので、もし疎遠になってもそれはそれで仕方ないことですし、転職した後もずっと関係が続くのであればそれはそれで嬉しいことなので交流を続けています。まだ交流している方とは、お互い離島の名産品を贈りあったり定期的に連絡をとったりしています。

――現在、お金が相当溜まっていらっしゃるのではありませんか。

お金は、どうでしょう。なんとも言えませんが、一般的な会社員よりは貯まっているかと思います。子どもの教育費は私の給与から出しているのですが、子どもには出来るだけやりたいことをやらせてあげたいと思っているので、お金は結構かかっています。

また、私は給料が入れば、家族や友人、同僚、その住んでいる土地の人たちに還元をしたいと思っています。還元というと、具体的には2つあります。

まず1つは、その土地の高価な名産品をたくさん買い、家族や友人などに贈っています。その土地の商業の発展に少しでも貢献できたらと思いますし、離島や僻地について知らない人たちにも名産品から知ってもらうことができるからです。

もう1つは、家族や友人などを離島に招待しています。休みを調整して離島に来てもらい、その土地のことを身をもって体感してもらっています。招待なので自分が航空券などの交通費は出しています。

なので、思ったよりお金は貯まってないと思います。

離島へき地ってどんなところですか?

――一番、思い出深い離島へき地はどこですか。3つほど挙げてください。

1 小豆島の調剤薬局

小豆島は、瀬戸内海の穏やかな海が本当にキレイで癒されました。オリーブが有名で、よくハートのオリーブを探しに行きました。島民も優しかったです。

2 北海道黒松内町の病院

黒松内町は、あまりメジャーな地域ではありませんが、自然がいっぱいある場所です。道の駅にある美味しいパンやピザをよく買っていました。スキーリゾートで有名なニセコも近く外国人も多いので、英会話の練習にもなりました。

3 利尻島の病院

利尻島は、北海道の北側にあってアクセスしにくいのですが、海がとてもキレイです。漁師の方と知り合いになり、海の幸を堪能していました。

あとがき

▼キャリアアドバイザーのコメント

実話か?と思うレベルの内容です長年転職支援をしていますが、転職回数28回は初めて見ました。派遣だったのではないか?と疑いました。2泊3日で通院というのも衝撃です。なかなかいらっしゃらないと思います。

家庭も持ちながら、転々としているので、周りの理解も相当あると思いますが、本人の振り切り方が尋常じゃないです。なぜ、1年くらいで転々とするかが気になるところですが、僻地への貢献というよりも、自身の好奇心が勝っているように感じます。

一方で、薬剤師という国家資格がものすごく有用であることを証明する、履歴書だと思います。30回近く、しかも短期離職をしても、待遇も十分な仕事があるということは、一般社会人ではあり得ないので。

著者プロフィール

鈴木 裕也(すずき ゆうや)

Webディレクター、ライター。当サイト「SHIMA SHIMA」の立ち上げや、「ドラおじさんの薬剤師・転職相談室」の運営など。愛知県豊田市のスーパー山奥で育ちました。大学進学のときに上京しまして、今は東京で妻・息子4歳・娘2歳の4人で暮らしつつ、小さい会社をゆるゆる運営しています。

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