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しましま体験談

沖縄本島、石垣島、奄美大島で働いたことがある薬剤師・Mさん「自分には都会よりも田舎のほうが合っていると思った」

今回は、沖縄本島石垣島奄美大島の3つの島で勤務経験がある薬剤師、まどかさんに取材を行いました。1つの離島で働いたことがあるだけでも珍しいですが、3つの離島となるとかなり稀有です。

右上から、奄美大島、沖縄本島、石垣島(Google Map)。

Mさんは、大学院生のときから薬剤師のアルバイトに始まり、派遣社員、契約社員、正社員などなど多く転職してきました。沖縄本島では、調剤薬局(小規模経営)1年、調剤薬局(大手企業)2年。石垣島では調剤薬局に派遣で4ヶ月。奄美大島では調剤薬局(小規模経営)9ヶ月、病院で2年ほどの経験があります。そして現在は函館に住んでいます。勤務形態も勤務先の内容もバリエーション豊富ですね!

ひととおり働いてみて、どの島がいちばん良かったか? また、なぜ離島を出ることになったのか? そのあたりを詳しく聞いてみました。

プロフィール

Mさん

沖縄本島、石垣島、奄美大島の3つの島で勤務経験がある、30代女性の薬剤師。現在は函館で育児に専念中。「私はマックが食べたいと思うより、青い海が見たいと思うほうが多いから、離島を選びました」とのこと。

なんで離島で働いていたんですか?

――まず、なぜ沖縄本島、石垣島、奄美大島などの離島で働くことを考えたのか経緯や理由を教えてください。

最初に離島で働こうと思ったのは、東京で就職した会社を辞めたことがきっかけでした。

それまで、海外で語学留学、ワーキングホリデー、日本語教師を経験し、薬剤師はその資金を貯めるためのアルバイトでした。30歳になる年に、語学力と薬の知識の両方を活かしたいと思い、帰国して東京で治験関連の会社に就職しました。

しかしその会社が設立して間もなかったこともあり、治験のプロジェクトを持っていなかったうえに、私に治験コーディネーターの経験がなかったので、業務待機という何もやることがない状態が3ヶ月続きました。私以外にも経験豊富なのに待機の社員がいたので、このままいつまで待てばいいのかと不安になり、結局一度も治験の仕事をしないまま退職しました。

それまでの海外経験も含め、自分には都会よりも田舎のほうが合っていると思い、退職を機に住みたいところに住んでみようと思いました。

薬剤師の求人サイトで離島の求人を調べたところ、最初に見つけたのが奄美大島でした。すぐに電話で問い合わせましたが、当時はLCCもなく面接に行くだけで往復7万円もかかることに躊躇していたら、ほかの人が先に決まってしまい、結局奄美大島に行くことはありませんでした。

派遣会社の担当者から次に紹介されたのが沖縄本島でした。沖縄本島では島内3店舗の小規模経営の調剤薬局に1年、大手チェーンの調剤薬局に2年勤務しました。大手の薬局はとても働きやすかったのですが、契約社員は基本2年までだったので退職せざるを得ませんでした。

田舎がよくて移住したのに沖縄本島はかなり都会だったことと、沖縄県内で大手の薬局よりもいい条件で働けそうなところが見つからなかったので、最初に気になっていた奄美大島に移って働くことにしました。

その後は奄美の調剤薬局9ヶ月→東京派遣3ヶ月→石垣島派遣4ヶ月→奄美の病院2年と転々としました。

給料とかってどんな感じなんですか?

――沖縄に来られる前は島でない場所で勤務されていらっしゃいましたでしょうか。

沖縄に行く前は、治験の会社以外では東京、千葉の調剤薬局で働いていました。アルバイトを掛け持ちしていたので全部で5つの薬局を経験し、時給で1,600円~2,500円でした。

――離島で就業された際の、年収提示はどのようなものでしたか。また、家賃補助や転居費用の提供はありましたか。

最初に勤務した沖縄の調剤薬局では、面接に行く往復費用のみ支給で、引越や渡航費は自費でした。時給制で2,500円、家賃補助1万円、通勤手当でした。

大手の調剤薬局は、引越費用と渡航費(私は県内移動だったため無し)の全額支給、年俸制で500万円に家賃補助8割、通勤手当、年1回の帰省費用と手厚かったです。さらに入社時、大阪に1泊の研修、年1回福岡で全社員カンファレンス(いずれも交通費支給)、リフレッシュ休暇3日(有休や土日と合わせて5連休以上とらなければならない)など、待遇に関しては満足でした。

奄美大島では、最初に働いた薬局は年収約550万円で、引越費用(沖縄から奄美で20万以上かかりました)と、渡航費が支給でした。

石垣島では、4ヶ月だけの期間が決まった派遣社員で時給3,500円でした。引越費用、渡航費、家賃、レンタカー付。短期の派遣だったので好待遇でした。

離島に転職するの、不安じゃありませんでしたか?

――はじめに離島に来られた際に最も不安だったこと、懸念されていたことを教えてください。また、それらは実際に離島に来てみてどうだったか、教えてください。

最初は車の運転が不安だったので、田舎のなかでもなるべく便利なところに住もうと思っていました。

沖縄本島は「へき地」とは言えない環境だったので特に不安はありませんでした。沖縄の方言がわからないという懸念はありましたが、不安ではなくそれも含めて移住の楽しみだと思いました。

奄美大島は沖縄本島に比べるとはるかに田舎ですが、沖縄に住んでいる間に周辺離島をたくさん旅していたので、特別驚くことはありませんでした。

沖縄本島では最寄りのコンビニまで徒歩1分、奄美大島では車で20分のところに住んでいましたが、一度家に帰るとあまり出掛けないので、コンビニが遠くても困ることはあまりありませんでした。

離島へき地ってどんなところですか?

――離島へき地と、そうでない場所での働き方についてなにか差を感じますか。感じる場合はどのあたりが一番違うか教えてください。

調剤薬局の業務は基本的に日本全国どこでも同じですが、患者さんの環境が大きく異なると感じました。

都会では患者さんが忙しくてあまり話を聞いてくれないことも多かったですが、へき地ではお年寄りが多いこともあり、ゆっくり話をすることができます。都市部の駅前店舗などでは、どんなに親身になって話しても二度と来ない患者さんも多いと思いますが、田舎は地元密着型で患者さんやご家族に街中で会うこともよくあります。

奄美大島の中でも市街地はまだ良いですが、さらにへき地で独居の高齢者は、病院に通うことも困難で、2週間に1回の巡回診療車で医師の診察を受け、薬はその後薬局から配達するという地域もありました。

近くの加計呂麻島へはフェリーを使って配達することもあります。奄美大島もへき地ですが、まだまだ恵まれた環境です。

――沖縄本島、石垣島、奄美大島での働き方について、島ごとになにか差を感じますか。感じる場合はどのあたりが一番違うか教えてください。また、どの島が一番よかったかと、その理由を教えてください。

現在はわかりませんが、私が働いていた2014年頃には石垣島に薬の卸がありませんでした。それが沖縄本島、奄美大島とは大きく違うところです。

営業の方が週に1回は来られていましたが、それ以外は毎回郵送でしたので、足りない薬があっても急配はできませんし、天候により飛行機が欠航、遅延ということもよくあります。輸液などの重いものは船便になるので、台風が来ると1週間近くも入荷しないこともあり得ます。

私が働いていた調剤薬局は耳鼻科と歯科の処方がほとんどだったので、それほど困ることはありませんでしたが、病院では不便も多いと思います。

沖縄本島、石垣島では全国区の大手チェーン薬局が入っていました。それに対し、奄美大島では家族経営の小規模薬局がほとんどでした。島から出て医療系の大学へ行くのはお金もかかるので、親戚で医師、歯科医師、薬剤師という医療一族が多いです。

いろいろな規模の薬局で働いてみた経験上、家族経営は内規などルールもないですし、監査システムなどの機器類もない場合がほとんどです。はっきり言うと、いい加減なところが多いです。沖縄と奄美大島で最初に勤めた薬局を辞めた理由はそれです。

私は、社員がきちんと研修を受けていてシステムもしっかりした大手のほうが働きやすいと思っていたので、奄美大島では働きたいと思える薬局が見つかりませんでした。住む環境としては奄美大島が一番好きでしたが、残念ながら働く環境はそうではありませんでした。

――島に来て驚いたこととか、笑えるエピソードなどが何かあれば教えてください。

奄美大島で意外だったのは、東シナ海上で急病人が出た場合、人命優先で船籍に関わらず最寄りの病院に搬送されるので、中国や韓国の船員がヘリで搬送されてくることです。沖縄では観光客や軍関係者など、薬局で英語を使う機会がありましたが、奄美ではないだろうと思っていました。

ある日、タンカーに3ヶ月乗船していた50代の韓国人男性が脳梗塞を起こして搬送されてきました。その方は英語も上手で、日本語も日常会話はできるくらいでしたが、脳梗塞の影響で外国語を話せる状態ではありませんでした。看護師は言語障害だと思っていたようですが、私が韓国語で話しかけると、堰をきったように話し出しました。

その後、退院までの約1ヶ月、毎日通訳と話し相手として病棟に通いました。薬剤師の業務ではありませんが、医師からも通訳として頼られ、「語学力と薬の知識の両方を活かしたい」という思いが、奄美で実現しました。

――最終的に島を出られた理由が何かあれば教えて下さい。

最終的には、奄美大島にまだまだ住みたい気持ちがありましたが、働くところがなくなったのが理由です。

奄美大島で働いていた病院は、当直で体力的にきつく、給料は調剤薬局よりも安かったですが、それ以上に病院でしかできない経験と知識が得られ、人間関係にも恵まれていたのでやりがいを感じていました。公立の病院で本来、臨時職員は1年以上働くことはできないところ、離島の人手不足が深刻だったため特例で2年働かせていただきましたが、それ以上の延長はできず退職となりました。

その後、以前週1回だけアルバイトしていた調剤薬局から「もう1店舗出すのでそこの管理薬剤師にならないか」と声がかかり、そこに就職するつもりでしたが、門前の医院と折り合いが合わず開局から1ヶ月足らずで閉店となり、就職の話自体がなくなってしまいました。

そのほかにも、病院の薬局長の知り合いから「ぜひうちの病院に来てほしい」と話がありましたが、「辞める予定だった人が続けることになり、今は人が足りている。隣の徳之島は人が足りないからどうか?」と、結局奄美大島を離れなければならないなら意味がないとお断りしました。二度も就職の話がなくなるなんて、あり得ない!と言いたいところですが、田舎あるあるかもしれません。

そのほかにも家族経営の薬局で求人はあったのですが、あまり働きたいと思える条件ではありませんでした。一旦、奄美を離れて働いてみて、それでもやっぱり奄美に帰りたければ、満足できる条件でなくても就職しようと思い、奄美の家賃を払い続けて家を残したまま、短期の派遣で函館へ行きました。(結局は、函館でご縁があり結婚することになったので、奄美の家を引き払って函館に引っ越しました。)

読者の薬剤師さんへのメッセージをどうぞ

――その他、離島へき地を勤務先として検討している薬剤師さんに向けてなにか伝えられることがあれば教えてください。

同じように離島で応援ナースをしてみたいという友達に「マック食べたいと思わない?」とか「雑誌に載っているような服、欲しくならない?」とか聞かれました。残念ですが、そのような疑問を持っている時点でへき地で働くのは向いていないかもしれません。

短期間の派遣ならリゾートバイトのつもりで楽しめると思いますが、青い海に囲まれた南の島の生活は夢のようなことばかりではありません。私はマックが食べたいと思うより、青い海が見たいと思うほうが多いから、離島を選びました。

医療の面でも、最先端という訳ではないので今までベストだと思っていた方法が必ずしも通用しないことがあると思います。

例えば、産婦人科医がたくさんいる病院では帝王切開しなくても良い場合でも、医師の少ない離島では夜中に複数の緊急オペは困難なため、早めに帝王切開の決断をしなければならないこともあります。奄美大島は、他の周辺群島からドクターヘリで患者を受け入れる立場でもありますが、それでも対応できず鹿児島本土へ搬送となるケースもあります。

都会のやり方をそのまま当てはめるのではなく、そのような事情も含めて理解することが必要だと感じました。

あとがき

▼鈴木のコメント

上記の、マック食べたくならないか?などの疑問を持っている時点で離島は向いていないというのは非常にリアルなご意見ですし、その通りだと思います。これまで何人も離島に行かれた薬剤師さんのお話を伺ってきましたが、みなさん「普通に良いと思ったから」など、そもそも不安をあまり感じていない方が多いです。種子島の田中さんなんて「なんで都会で働きたいか分からない」とか言ってるくらいですし……(笑)

奄美は家族経営の小規模薬局が多いというのは、存じ上げませんでした。これはまどかさんが最終的に奄美で働き続けられなかった理由でもあるので、奄美で働くことを検討されている方にとっては重要な情報では無いかと思います。

著者プロフィール

鈴木 裕也(すずき ゆうや)

Webディレクター、ライター。当サイト「SHIMA SHIMA」の立ち上げや、「ドラおじさんの薬剤師・転職相談室」の運営など。愛知県豊田市のスーパー山奥で育ちました。大学進学のときに上京しまして、今は東京で妻・息子4歳・娘2歳の4人で暮らしつつ、小さい会社をゆるゆる運営しています。

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